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「ゴミをちゃんと拾えるか」がサッカーにも生きる プロ選手を輩出する鳥取のジュニアユース・FCカミノの指導哲学

FCカミノ

監督:

村山太亮(むらやま・たいすけ)さん

鳥取県出身の35歳。小学校よりサッカーを始め、鳥取県立鳥取中央育英高等学校を経て、中学3年から携わってきたFCカミノでサッカーの指導者の道へ。鳥取サッカー界有数の指導者・吉川尚男さんの元でチームビルディングや若年代指導のイロハを学び、2021年より同チームの監督に就任。新米監督ながら中国大会優勝を成し遂げる。また、付近の小中学生向けに「身体操作研究会」を不定期で開催、実技と座学を組み合わせた総合的な指導を展開する。

ひと目でわかる! チームの特色

  • 小中学生のカテゴリ別に指導方針を設定
  • 「普段の生活態度がサッカーに生きる」という哲学
  • プロ選手が生まれ続けるカルチャー

サッカーが上手くなりたい子どもはまず何をすべきか? 徹底した指導哲学を持って、小中学生の選手たちを導く強豪ジュニアユース・FCカミノ。約30年前に生まれたこのクラブは、当時では珍しいアルゼンチンスタイルを標榜しながら、年を経るごとに選手を強くするための「鉄則」に次第に行き着きます。その鉄則とは普段の生活にあり。プロサッカー選手を輩出し続けてきたチームの指導哲学、しかとご覧ください。

指導哲学は、アルゼンチン流から人間教育を経て

画像提供:FCカミノ

―チームの歴史を聞かせてもらえますか?

FCカミノは1994年から活動しているサッカークラブで、主に小中学生を対象に指導しています。創立当初は元アルゼンチン代表のオルテガ・ホルヘ・アルベルト(現エスペランサSC総監督)さんが監督をしていて、目指すサッカーもアルゼンチンらしく個人技を前面に押し出したものでした。

オルテガさんはパスやドリブルに自由な発想を求めていて、試合や練習中にも「(ボールで)遊んで、遊んで」と選手たちに声がけしていました。オルテガさんのつながりでアルゼンチンの強豪、ボカ・ジュニアーズのジュニアユースチームが鳥取まで来て、練習試合をしたこともありました。こうしたアルゼンチンのスタイルが浸透していき、当時は鳥取県でも上位のチームになっていきましたね。

99年からはJFLのSC鳥取(現・ガイナーレ鳥取)でも監督をしていた吉川尚男さんが、オルテガさんに代わってFCカミノに携わるようになりました。吉川さんの指導方針は今のチームにも伝わる「サッカーで人間性を磨く」ことでした。人としての立ち振舞を重視し、サッカー以外での場面でいかに過ごすかを指導されていましたね。

あいさつはしっかりとできるか、練習や試合の準備に率先して取り組んでいるか。人間力を養うことで、サッカーが上手くなるという哲学がチームを強くしていきました。そうして、Jリーグで戦うプロ選手が生まれるようなチームになっていったと思います。

「君にプロサッカー選手は無理」を乗り越えて

―どんな選手を輩出してきたのでしょうか?

現役のプロ選手で言えば、糸原紘史郎(レノファ山口FC)や世瀬啓人(藤枝MYFC)がいますね。二人ともJ3リーグを戦う地元のガイナーレ鳥取を経て、J2リーグのチームまでステップアップしていきました。糸原と世瀬の世代には、一風変わった子どももいて、それが落合哲也です。相撲界で次代の横綱と期待される伯桜鵬と言ったほうがわかりやすいでしょうか。

サッカー界で輝く人材もいれば、角界で輝く人材もいる。FCカミノの卒業生には企業の社長になった子もいます。サッカーで小中学生のときに培った経験を、その後の人生にも活かしているような気がしてうれしいですよね。


―村山さんはFCカミノにはいつ頃から携わっているのでしょうか?

僕が中学3年だった2001年からコーチとして関わり続けていますね。僕も当時は選手としてプロを目指していたのですが、何人もプロになる選手を育ててきた吉川さんから「村山は無理だろう」と言われてしまいました。ショックでしたけど、そこからは指導者一本でメシを食べていけるようになろうと決意しました。

中3から高校卒業後もずっとFCカミノのコーチとして携わっていて、会社員との二足のわらじでがんばっていました。このチームで20年間、プロになった選手も含めていろんな選手を指導してきましたが、やはり選手が成長していく姿を見るのは本当にやりがいがありますよね。

2020年頃から吉川さんが辞められるという話がチーム内で出てきました。そのときに吉川さんから「次の監督にならないか?」と打診を受けて今に至るというかたちですね。チームの中でも古参のコーチでしたし、僕自身も指導者として生計を立てるという目標に変わりはなかったので。こうして約20年携わってきたチームの監督になることができました。

「ゴミをちゃんと拾えるか」がサッカーにも生きる

画像提供:FCカミノ

―監督になってから、変えていないもの・変えたものはありますか?

指導方針は、やはりチームを強くする柱のようなものなので、継続していますね。小学生に対しては普段の生活指導に加えて、サッカーに一生涯親しめるよう、この競技を楽しいと感じてもらうことを目標に教えています。ゴールを決めて、みんなで喜ぶとか最高の経験ですよね。

中学生に上がってからは、そこに「競争」という概念がプラスされます。チーム内でレギュラーを争うにしても、地区大会や県大会で他のチームと戦うにしても、競争の意識は小学校のときよりかなり強くなると思います。

だからこそ、普段の生活をきちんと送ってほしいですね。状況の認知からプレーの判断に至るまでのスピードや正確さは、普段の生活で培えると考えていますので。例えば、ゴミが落ちていると認知して、ちゃんと拾えると判断できるかどうか。それがサッカーにも必ず生きてくると思います。

変えたことといえば、「身体操作研究会」を選手たちや近隣の子どもたちに向けて開いていることでしょうか。キック力を向上させるための身体の使い方をどうするか? ガイナーレ鳥取の元トップコーチ・木下桂さんを招いて、不定期で開催しています。子どもたちにはいろんな先生がいたほうがサッカーが上手くなりますよね。

画像提供:FCカミノ

―35歳とまだまだ若い新米監督ですが、これからの手応えはどうですか?

手応えというか、これまでチームを率いてきた中で、印象的だった場面が一つあります。監督就任から間もない2021年のとき、FCカミノの中学生チームは強い選手が集まっていて、周囲から注目されていました。だけど、新チームになってからの5月のクラブユースは連携がバラバラで負けてしまったんですよね。

雪辱を期したその年の11月の中国大会。会場に向かうバスの中で起きた出来事で「ある予感」がしました。バラバラだった選手たち全員がトランプで人狼ゲームを始めたんですよ。ゲームは大盛り上がりで、選手たちはハイタッチを繰り返すくらい仲が良くなったんです。

この瞬間、なぜだか他のコーチに「このチームは優勝するよ」と言ったんですが、本当に中国大会を制してしまいまして。こんな経験から、これからも監督として日々一緒に選手と汗を流して、チームに寄り添って、こういう変化に気づけるようになりたいと思いましたね。

学校でも家庭でもちゃんと生活をして、サッカーに活かす。日々の細かいところから、目標である「地域に愛されるチーム」や「憧れのプロサッカー選手」への道は始まっているよと伝えながら、チームと選手を強くできたらいいなと思います。

画像提供:FCカミノ

監督になったのはつい3年前という村山さん。普段の練習指導からチーム運営、果ては広報まで一人でこなすタフネスぶりで、強豪チームを引っ張っています。「指導者一本でメシを食っていく」という目標を掲げ、朝から晩までチームのために粉骨砕身働いている様子が非常に印象的でした。監督がこんなに泥臭い努力をしているのだから、それは選手たちも頑張らないわけにはいかないと強く感じました。



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