藤枝順心高等学校サッカー部
監督:
中村翔(なかむら・かける)さん
大学卒業後、教員として藤枝明誠高等学校サッカー部でコーチに。2017年度から藤枝順心高等学校に異動しコーチを経て監督となる。静岡県国体コーチや静岡県女子高校選抜の監督なども務める。妹はサンフレッチェ広島レジーナの中村楓。
ひと目でわかる! チームの特色
- 高校女子サッカー選手権大会3連覇を目指す
- プレースタイルに固執しない、柔軟なチーム力の育成
- 選手と共に、指導者自身がサッカーを楽しむ文化
高校女子サッカー選手権大会2連覇やインターハイ優勝から夏冬連覇を成し遂げるなど、日本屈指の強豪校として知られる藤枝順心高等学校サッカー部。その躍進を支える中村翔監督に、指導方針や運営体制、選手との心温まるエピソードなどを伺いました。
女子選手の方が真面目? 指導者から見た男女の違い
ー指導者になろうと思ったきっかけを教えてください。
元々はプロを目指していたのですが、中学生になった頃、サッカー選手としてプレーできるのも長くはないなと気づき、引退後のキャリアについて考えたんです。ちょうどその時、周りにスポーツを教えている先生が数多くいたので、自分も同じ道に進みたいと思ったのが、指導者を志したきっかけです。
ー中学生の時点で考えていたとは驚きました!
サッカー選手だった父の影響もあると思います。実業団でプレーしたのち、働きながらサッカーを教えていた姿が身近にあったため、教えるという仕事に魅力を感じるようになったのかもしれません。
ー大学卒業後は共学の藤枝明誠高等学校に教員として赴任され、29歳のタイミングで女子校である藤枝順心高等学校への転勤が決まりました。当時の心境はいかがでしたか?
転勤を言い渡されたときは葛藤もありました。久々に選手権出場を決めるも初戦で敗退し、来年度の目標設定をしていた時期だったので。複雑な思いがあったのも事実です。
ただそんなタイミングで移ってきてまず最初に感じたのは、順心の選手たちの熱意でした。高い目標を掲げてプレーしている子ばかりで、サッカーを教えるにあたって、別に男子も女子も関係ないなと思わされたんです。これだけ真剣にサッカーに向き合っている子たちが目の前にいて、自分がやるべきことはどこに行っても変わらないなと。この場所でなら指導者としてさらに成長できるとも思いました。
ー実際に指導されてみて、女子と男子で違いを感じることはありましたか?
しいて言えば女子の方が、良くも悪くも真面目かもしれません。例えばミスをした際に過度に落ち込んでしまったり、そのネガティブな感情を引きずったまま試合が終わって泣いてしまったり。そんな場面に遭遇するたび、彼女たちの競技に対する真摯な姿勢や真面目な性格を実感しますが、一方でそのマインドセットを変えることが自分の役割だと思っています。
だから選手には「こんな考え方をするとプレーの幅が広がるよ」「そのミスはそこまで悩むことじゃないよ」といった感じで、自分の思いや考えを率直に伝えています。着任当初は、男子と違って女子にはあまりフランクに話しかけない方がいいのかとも思いましたが、今はむしろ踏み込んだコミュニケーションを心がけています。その方が彼女たち自身も感情を表に出しやすいのかなと。対話を通じて、選手の視野が広がればと思いながら日々接しています。
ー指導をする上でコミュニケーションを重視されるようになったきっかけなどはありますか?
自分の人生で出会った先生たちが、コミュニケーションを積極的に取る方ばかりだったのが大きいかもしれません。指導者になってから意識したというよりも、そういう環境で育ったからこそ、自然とコミュニケーションを大切にできるようになりました。
選手が将来活躍するための「土台作り」こそが監督の仕事
ー選手権2連覇を果たすなど快進撃を続ける一方で「最大目標は優勝ではない」という発言もされています。監督としてどのような目標を掲げて指導されていますか?
近年の好成績もあり結果重視のチームと思われがちですが、実際には選手らの卒業後のキャリアを一番に考えています。彼女たちが次のステージで活躍するための土台作りこそが我々の仕事だなと。やはり一歩外に出れば様々な考え方のチームがありますし、僕としてはどこへ行っても輝けるだけの技術やフィジカル、サッカーIQなどを3年間で身につけてもらうことを目標に指導しています。
今はWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)ができクラブチームも増え、女子サッカーの環境が整いつつありますが、プロはサッカーという一面でのみ評価を下される厳しい世界です。しかし、高校であればピッチ内外の両面から選手をサポートできます。僕としては高校サッカーの現場で、なでしこジャパンがもう一度世界一を獲るための土壌作りをしていきたいですし、一人でも多くの選手を日本代表やプロの世界に送り出せればと思っています。
ープロを目指す高校年代の選手たちを指導される中で、現状の課題や克服すべき点があれば教えてください。
選手たちに強調しているのは、マインドや物事の捉え方の部分です。サッカーにはチームそれぞれのスタイルがありますが、それは対戦相手によって大きく左右されるもの。もし相手チームに封じ込められてしまえば、自分たちのスタイルは発揮できません。厳しい局面では自分たちのスタイルに固執せず、相手の意表を突くプレーをするなど、臨機応変な考え方を持つことが重要だと、選手たちには日頃から伝えています。
ーでは少し大きな話になりますが、監督から見て日本の女子サッカーが次のステージに進むには、どのような取り組みが必要だと考えますか?
やはり引いて守るだけでは難しいと思っています。高さ、強さ、速さは海外の選手に分があるし、日本にも速い選手はいるものの限界があるかなと。ただ、先ほどの話とも関連しますが、僕はディフェンス次第で相手の良さを消せると考えています。日本が勝っているシーンを振り返ると、大抵の場合、守備のタイミングで巧みに相手からボールを奪えている時ですし、いかに相手にボールを与えないかが重要だと思っています。
ーディフェンス力の強化であれば可能性がありそうです。
とはいえ現状、ディフェンスを嫌がる選手は多いです。つらい、地味、疲れる、攻撃の方が楽しい、と(笑)。でも捉え方を変えることが大切で、ディフェンスの面白さや重要性を理解し、それがチームや個人の大きな強みになると実感できれば、高校年代の選手たちはスイッチが入って、意識も変わり大きく成長します。
実際に僕が順心に来て最も変化したのは、プレッシングを中心としたディフェンスの部分です。ここが大きく進化したことが今の強さに繋がっていると思います。
ーこれまで指導されてきた中で印象に残ってる選手はいますか?
誰かを選ぶのは非常に難しいですが……しいて言えば、現在ジェフ千葉レディースでプレーしている今田紗良です。彼女は人柄で周りを引っ張っていくタイプで、それを自然にできる選手。ジェフで試合に出られない時もベンチから大声を出していて、まるで彼女が監督じゃないかと思うほど(笑)。彼女がいたから前を向ける場面がたくさんあったし、すごくポジティブなんです。それはサッカーの上手い下手とは別次元の話で、熱を落とせる存在として非常に印象に残っています。
もう一人挙げるとすれば、去年キャプテンを務めていた三宅怜です。藤枝順心にはジュニアチームがあるのですが、彼女はそのジュニアからの生え抜き選手。幼少期からこのチームを間近で見てきて、まさに順心の血が流れているとも言うべき存在でした。2年時からキャプテンに任命し、実際に2年間やり切ってくれて、チームのために誰よりも心を燃やしてくれた選手としてとても印象に残っています。
選手たちの3年間という一瞬を美しく輝かしいものに
ー選手を指導する上で意識していることはありますか?
サッカーという競技の楽しさを伝えられるよう意識しています。特に女子選手の場合、指導者から厳しい言葉で叱責されると、心が折れてしまい、サッカーへの情熱を失ってしまうケースがあるんです。言葉一つで嫌気がさしてサッカーから離れてしまうことも……。
だからこそ、まずは指導者自身がサッカーを心から楽しむことが何より大切だと思っています。僕自身、選手たちとサッカーを楽しむことを第一に考えて指導に取り組んでいますが、その「楽しさ」を共有することこそが、選手たちにとっても重要だと考えています。
ー女子選手の場合、月経周期がパフォーマンスに与える影響は無視できません。監督として、選手のコンディション管理はどのように取り組まれていますか?
練習や試合中に違和感を感じたときは無理に頑張らせないし、場合によってはプレーをやめさせます。選手の体調面に関しては常にアンテナを張っているので、最近走れていないと感じる子や部活に来られていない子がいた時には、僕より話しやすいであろうトレーナーやマネージャーに体調を聞いてもらうことも。女子の場合、鉄分不足による貧血などもあるので、食事の取り方をアドバイスしたり、検査に行くよう勧めたりもしますね。
ー監督をしている中で印象に残っているエピソードはありますか?
監督をやっていると卒業式のときに選手から手紙をもらうことがあるんです。ある子からは、僕がいたからつらいときも頑張れたし、高校でサッカーを辞めようと思っていたけど、大学でも続けようと思えたという内容が書かれていて嬉しかったですね。
また、これは別の子ですが、そもそも先生という生き物がずっと嫌いだったそう(笑)。だけど、そう思わない先生は僕が初めてと言ってくれて、その子もサッカー部でしたけど、彼女の人生にとってプラスの存在になれて良かったです。
ー選手たちからの感謝の言葉はすごく嬉しいですね。
僕は先生っぽい先生や指導者っぽい指導者になるのがすごくイヤなんです。それこそ監督と言われるのもイヤ(笑)。全然慣れません。「教える」というよりも、選手たちと一緒に楽しみたいですし、その上で共に成長していきたいです。個人的な感覚としては、TPOさえわきまえていればいいかなと。正直、チームの誰よりも自分が一番ふざけているときもありますし、そんな雰囲気の方が自分には合っているなとも思っています。
ー最後に、今後の目標を教えて下さい。
チームとしては、前人未到の選手権3連覇という偉業を成し遂げるチャンスが目前に迫っているので、全力でこの目標に挑みたいと思います。
また、ここにいる選手たちの3年間という一瞬を美しく輝かしいものにし、その先に続く一生をさらに美しく素晴らしいものにしてあげたいですね。女子サッカーに関わる者としては、再びなでしこジャパンが世界を獲れるように、この地で僕にできることを微力ながらやっていきたいなと思います。
ーなでしこジャパンが世界一に返り咲くために、高校女子サッカーは重要な一端を担っているんだとあらためて感じました。同時に、女子選手の指導において大切な考え方や指導者としての思いが詰まったインタビューでした。ありがとうございました。
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