東京大学アメフト部・三沢英生監督「全てが感謝に変わった瞬間」【後編】
東京大学運動会アメリカンフットボール部ウォリアーズ
監督:
三沢英生(みさわ・ひでお)さん
1973年、神奈川県相模原市生まれ。聖光学院高等学校から東京大学工学部に進学、アメリカンフットボール部ウォリアーズに入部。4年時はチーム史上初のプレーオフ(関東4強)進出をあと一歩で逃すも、同大大学院在籍時にオフェンスコーディネーターとして4強入りに貢献。修了後、ゴールドマン・サックス証券、モルガン・スタンレー証券、メリルリンチ日本証券を経て、2013年株式会社ドームに参画。常務取締役としてスポーツの産業化を推進する傍ら、2017年より同部監督に就任。2018年より筑波大学客員教授。2020年よりヘルスケアの株式会社ユカリアに参画、2024年より代表取締役社長。
ひと目でわかる! チームの特色
- 日本一を目指し、学内最大規模の部員数
- 世界で躍動するリーダーを育成
- 競技を通して人間的な成長を見込める
大学スポーツの改革を推進する東大アメリカンフットボール部監督・三沢英生さんの前後編に渡るロングインタビュー。後編は、三沢さんが描く大学スポーツの世界と、驚きの半生等について語っていただきます。壮大で壮絶、心が揺さぶられる必読の内容です。
日本とアメリカ、卒業後に生まれる“大きな差”とは
ー【前編】でおっしゃった「日本の大学スポーツのあるべき姿を作ること」とは。三沢さんはどのような世界を作りたいのですか?
アメリカの大学スポーツを学び、そのまま導入するのではなく、日本版を作ろうとしています。ちなみに、アメリカにはNCAA(全米大学体育協会)があり、NCAAとは競技規則の管理や、大会、イベントの運営、それらで得た収益の一部の奨学金支給等を行っている、世界最大規模の大学スポーツ組織です。
前編で大学ランキングの話をしましたが、これは学生にフィーチャーしても同様のことが言えます。ハーバードやスタンフォードの学生たちが、NFLやNBAという世界最高峰のプロスポーツリーグで活躍するくらいの選手でありながら、医者や弁護士、学者、起業家、経営者、スーパーサラリーマンになるなど、グローバルリーダーとして大きく躍動しているのです。
大学入学時の18歳の時点では、東大、京大、一橋、早慶あたりの学生と彼らは大して変わりはありません。でも、4年間で大きな差が生まれてしまっているんです。この原因は環境、それだけです。ハーバード、スタンフォード等の学生たちの環境がとにかくすごい。何のおかげかと問えば、スポーツと言われています。
その話で外せないのが、大学スポーツなんです。僕は冒頭で大学スポーツは教育だと言いました。詳しくは2つの意味で教育だと思うんですよ。
ひとつは、机上の勉強では学べないリーダーシップやチームビルディング、強靭な精神力、弱者に対する慈しみの心が身につくこと。もちろん、机上の勉強は大事ですよ。それは忘れないでいただきたい。
もうひとつ、大学スポーツが生み出す富は、具体的には金ですよ。これが強烈なんです。アメリカには大学が3000校くらいありますが、その中でチケットやグッズ販売、放映権料などスポーツに直接関わることで儲けを得ているのは僅か20校ほどなんですね。
あれ? 話が違う、ではありません。実はその裏に、莫大な額のドネーションがあるのです。億どころじゃない、兆単位の規模です。しかも、出身者の誰かが研究等で功績をあげたとしても、そう簡単に寄付は増えませんが、大学のスポーツチームが活躍するとあっという間に莫大な額の寄付が集まる。
これはウォリアーズへの私のロイヤリティと同じものです。「アメフト部が勝った! 躍進してる!」。そうするとプリミティブな感情、言い方を変えれば、愛校心や母校愛ですね。これらが刺激されて、何とも抑えつけられない熱いものが、「うおお!」と心の内側から持ち上がってくるんですよ。そこがドネーションにつながるのです。
お金が入れば研究費が増え、ファシリティも整い、優秀な研究者・指導者を招へいすることができ、大学としてのレベルが上がりますよね。
東大も多くの寄付を集めてはいますが、その規模は100億円や200億円です。一方、アメリカの大学は兆単位、つまり二桁違う寄付金を集めており、そこで大きな差ができてしまっているのです。
日本から世界のリーダーを。鍵はいかに“共感”を得られるか
ーその部分とNCAAはどうつながるのでしょう。
見習うべきは、NCAAの三原則なんです。NCAAの三原則は、上から順にアカデミック、ウェルビーイング、フェアネスとなっています。
これらを変換して日本仕様にすれば、より多くの共感を呼ぶとともにロイヤリティを刺激することができて、大きなドネーションにつながると考えます。
結果、アカデミック、指導者、競技、全ての質が高まり、世界のリーダーを輩出できる。そしてそのリーダーたちがロイヤリティを持って、再び大学に還元するという好循環が生まれると思うのです。
NCAAは、リスク管理、ガバナンスが根幹にあるんです。120年ほど前の話ですが、大学アメフトのエリート校の多くが所属するアイビーリーグで、試合中の衝突をはじめとした危険な行為により、選手の命が失われてしまうという事故が相次いでありました。全米で大学スポーツ反対の声が上がったのですが、当時のセオドア・ルーズベルト大統領は、大学スポーツには教育的価値があるとして改革を呼びかけ、共感して集まった大学が創設したのがNCAAなのです。
我々はガバナンスやリスク管理ができる環境を作りながら、日本に合ったNCAAのようなものを作ろうとしています。
日本の大学は、現在780校あります。全部とは言わないですが少なくとも200、300でいいから、賛同してくれれば大きく変わると思います。我々が日本一になることもそうですが、別の機会でも、もっと発信していかなければいけないですね。
ー今のお話から、共感の重要性、必要性がよくわかります。
共感を呼ぶには、ほかに2つの要素が大事だと思っています。ひとつは、部活動のあり方ですね。帝京大学ラグビー部の岩出雅之前監督(現・帝京大学スポーツ局長)が、監督時代に実践されていたことを取り入れています。ちなみに僕は岩出さんの愛弟子だと思っているし、岩出さんも私のことが大好きだと思います(笑)。
簡単に言えば、ひとつの部には選手、スタッフにも、マネージャー、トレーナー、スチューデントアシスタント、マーケティングスタッフ、システムエンジニアがあり、そして監督、コーチとさまざまな役割の人がいて、それぞれ責任が違うわけですが、「フラットな関係で切磋琢磨してこそ、良い結果が生まれる」ということです。
ーチームの雰囲気にも関係してくるかと思います。具体的にどのようなことをしているのか教えてください。
昔は、1年生が掃除や荷物の片付け等の雑用をしていましたが、今は基本的にそれらを4年生が行っています。4年生が部のことを一番理解していて慣れているから、雑用をする余裕があるわけです。
逆に1年生は全く余裕がないですよね。初めてひとり暮らしする学生もいるでしょう。だから、なかなか持てない余裕を作ってあげて、競技に集中しながら、勉学と両立することを優先させています。先ほどから言っていますが、机上の勉強はめちゃくちゃ重要なので、とにかくやれ、と言っています。
私もなるべくフラットに話せるよう、彼らに寄せていこうとしているけど、まぁ難しいです(笑)。20歳ちょっとの人間と50歳のおっさんが対等に話すのはどう考えてもキツいですが頑張っています。でも、卒業後にだんだんと距離が縮まってきますよね。
徐々に近い関係になって、今度は逆に「気軽に俺を呼ぶんじゃねぇ! 俺はまぁまぁ偉いんだぞ」って言っています(笑)。もう一生の付き合いですよね。ウォリアーズという学びの場で、縁があって一緒になれた仲だからずっと続いていくものです。
途中で退部した学生とも交流がありますからね。野球部に転部した卒業生が「飯奢ってくれ」と言ってきます(笑)。普通はないですよね。
今どきは上下関係がバキバキなんていう部活は、誰も共感しません。フラットな関係こそが、良いパフォーマンスをもたらしますし、効率的なんです。
フラットな関係は、ダイバーシティと同じことです。そもそもダイバーシティって何を指すと思いますか?
親の借金も、金銭的に苦しい生活も、全てに感謝できる
ー人種やLGBTQとか、よく言われますよね。
そうです。その他にも考え方やカルチャー、年齢などいろいろなダイバーシティがあります。私で言うと、大学時代に環境や資源を学び、社会人では金融業界を経て、今はスポーツ業界と医療介護の業界にいますから、そういったことが自分のダイバーシティです。
それぞれの分野で僕より長けた人はいっぱいいます。でも、この組み合わせを経験している人は、なかなかいないと思うんです。
価値観自体が根底から変わるくらいの変化がバンバン起きている現代で、柔軟に対応できるのがダイバーシティなんですよ。大きなポイントとして接合点が増えるのです。
ダイバーシティは効率的ではないんですね。では何かというと、“効果的”です。誰しもそれぞれのダイバーシティがあるはずです。組織の中のダイバーシティと並んで、自分自身のそれを重要視すること。これが本当の意味でのダイバーシティなのだと思います。
ー共感を呼ぶ要素の2つ目は何でしょうか。
ポジティブであることです。これを心がけていれば全てはうまくいきます。
ネガティブも反骨精神だったり、そういうことで生まれるパワーもあります。
昔の私もそうでした。私の実家は、貧しかったのです。何とか親がお金を工面してくれて東大に進学できたものの、当時東大生の親の平均年収は日本一高く、周囲の学生と自分の状況はあまりにもかけ離れていました。たくさんの奨学金をいただき、たくさんのアルバイトをしました。
周りは金持ちばかりでした。「なんでうちは貧乏なんだ? ふざけんな。絶対に成功してやる」。そんな気持ちで入ったのがゴールドマン・サックスです。当時は、お金を稼ぎたい、その一心で働いていました。このあたりも超ネガティブですよ。
でも、いろいろな経験をしてある時、全てが感謝に変わった瞬間があったのです。なかでも私を大きく変えたのは、沖縄・糸満市の子どもたちでした。行政の眼も行き届かないような極貧な集落で勉強を教える先生と出会い、私と子どもたちを引き合わせてくれました。
この子どもたちはお金がないだけではなく、平仮名が読めない子がいたくらい教育を受けていない、親の愛情も知らない、そのような環境に置かれていました。それでも、先生との出会いを通じて、子どもたちの苦しいながらも前向きにひたむきに生きる姿をみて、自分の中のいろいろなものが溶けていきました。
自分はお金以外の全てを親からもらっていたのだ、と気づいた時に、親への恨みから親への感謝に変わり、全ての考え方がネガティブからポジティブへと変わりました。
もがき苦しみ、ウォリアーズからゴールドマン・サックス、さらにスポーツビジネス、ヘルスケアビジネスとフルスイングで取り組んできました。そういった全てのことがあったからこそ、僕はスキルアップできて、今の自分がいるんです。全てのことに心から感謝できるようになったのです。
ネガティブをポジティブや感謝に変えていくと、成長曲線がまた上がります。どんどん良くなっていく。ですから学生のみなさんは、ポジティブな考え方を通して、共感を得ながら目的に向かって挑戦していってほしいですね。
一流になれない、二流東大生のわかりやすい特徴
ー挑戦といえば、ウォリアーズから、日本代表が出ていますね。アメフト歴たった2年という太田明宏選手です。
身体能力がものすごく高い、東大ではピカイチの選手です。我々にとっても誇らしいですね。彼の真骨頂は、全部できてしまうところです。
パスキャッチといった目立つプレーはもちろん、ブロックを始め、地味というか全体を活かすために縁の下の力持ち的になるような献身的なプレーもできるんですよ。
そんな泥臭いことを練習のうちからしているのが、僕が彼を好きなところです。「自分が活きるためには」ではなく「チームが活きるにはどうすればいいか」ということを考えられる。“すごいアスリート”を超えているプレーヤーですね。
彼がここまで成長できたのは、類いまれなる才能と身体能力はもちろん、何といっても素直であるから。これは間違いのない事実だと思います。
ー三沢さんご自身も東大ご出身ということで、年月を経て東大生に変化を感じる部分はありますか。最後に、メッセージもお願いします。
今の若者はどうなのか、ということでしょうか。であれば、それは平安時代でも言われていることですし、自分とは異なっていて当然です。今と昔どっちが優秀とか、どっちが良いとか、そういうのは一切ありません。
そもそも動機づけが違いますから。例えばトレーニングをするとなった時に、僕らの時代は「ベンチプレスやれよ!」と強制でした。何のためにそれをするのか全くわからず、でも体育会のノリで「はい!」とひたすら従うしかなかったんです。
今は、ベンチプレスを行う目的と効果をしっかり説明してからやるわけですよ。これを理解した瞬間に、みんなむちゃくちゃやるんですね。そういった違いの特徴はあるとは思います。
東大生ってプラチナチケットを持っているんですよ。それは、親や周りの大人からもらったものです。彼らが自分の力で得たのは、100のうち10くらいです。東大に入るために努力したとは思いますが、所詮それくらいなんです。
だから、感謝を持って、そのプラチナチケットは公共のために使うべきなのです。自分のために使うようでは、せっかく東大に入ったのに二流ですよ。
そのチケットを使うには、自分自身が力を持たないとできません。その力とは、スキルを上げていくこともひとつですが、ここまで何度も言っているような、共感を通じていろいろな人を仲間に巻き込んでいくこと。これが本当に大事なことなのです。
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